2022.01.05
Daughter from California
入院した人がみんな良くなって退院してくれれば一番良いのですが、
現実の世界はそんなに甘くありません。
入院時には元気だった患者が、懸命の治療にもかかわらずどんどん悪くなる、
また、何らかの疾病があっても立派に社会生活ができていた人がその治療後に、
命は助かったが、半身不随になってしまった、
重篤な記憶障害がでてしまったなど、自分の不幸を悲しみながら闘病を続ける患者や家族と
主治医として一緒にいることは本当に辛い時があります。
また、患者や家族と一緒に病気と闘い、万策尽きて、
これはもう諦めるしかない。最後はどうしようか。
家族と話し合いをして、どうしてこうなってしまったのかを調べるために病理解剖させてほしいと申し込むと、一緒に苦楽を共にしてきた家族ならば、十中八九、病理解剖を了解してくれます。
ところが、闘病中は病院から連絡しても一度も来たことがない親族が患者の死亡後に病院に来ると、
どうして死んだのか、一体どうなっているんだと、これまで散々説明してきたことを蒸し返し、
病理解剖なんかとんでもないと声高に言って、剖検の約束をひっくり返えしてしまうことが多々あります。
日本の医師だとこのような人を「やっぱり、遠くの親戚だよね。」と遠くの親戚に特別の意味を込めて呼びますが、
これはアメリカにもあるらしくて、彼の地ではそのような人をDaughter from Californiaと呼ぶそうです。
Californiaの病院では、そうは言えないのでDaughter from Chicagoと言うそうです。これも、比較人類学の領域なのでしょうか、洋の東西を問いません。
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